沖縄の大自然を感じて心を解き放つ。建築家が建築家とつくった海沿いの自邸
- DATA
- 敷地面積: 1235.42㎡ (373.71坪)
- 床 面 積: 89.58㎡ (27.1坪)
- 構 造: 鉄骨造(一部RC造)
- 完成時期: 2022年11月
- 国 際 賞: 4Future Awards 2023
FUTURE HOUSE 2023
その場所に建築があるからこそ自然本来の魅力が感じられ、人の心が解放される——
門一級建築士事務所を主宰する建築家・金城司さんは2022年11月、世界的な建築家・窪田勝文さんに依頼して、久高島を正面に望む海近くの土地に自邸「KI-HOUSE」を構えました。
設計にあたり、金城さんが窪田さんに伝えたのはただ一つ、「歴史に残る名建築をつくってほしい」という要望だけ。
果たしてどんな思考のプロセスを経て完成に至り、実生活ではどんな心境が生まれているのか、2人の建築家に自由に語ってもらいました。
週刊かふう2024年5月31日号に掲載された内容です。
右:窪田 勝文 / KATSUFUMI KUBOTA
一級建築士 日本建築学会会員
1957年山口県岩国市生まれ。日本大学工学部建築学科卒業。K構造研究所を経て、88年窪田建築アトリエ設立。
受賞歴/A’Design Award&Competition 2020/2021、同2017/2018、S.ARCH Architecture awardなど
左:金城 司 / TSUKASA KINJO
1972年 沖縄県生まれ。1995年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2001年門一級建築士事務所共同設立
Episode1 土地の選定
お二人の出会いから、家づくりの計画が動き出すまでの経緯を教えてください
【金城司(以下、金城)】窪田先生は、私が最も影響を受けた建築家の一人です。大学時代、住宅作品「Y−HOUSE」を見た時の衝撃はいまだに忘れられません。
初めて直接お話ししたのは、2006年頃に沖縄で開かれた建築イベントです。自発的に先生のアテンド役を申し出て、車で本島内をご案内しました。当時の出来事が今回の家づくりにつながってくるのですが、現在の新居付近を通りかかると、「止めてください。すごい、すごい。何なんだこれは」と海の景観に突然反応し始めたんです。その姿を見て、「窪田先生のように世界で活躍する方が、沖縄の自然を前に感性をかき立てられている。ここで住宅を設計してもらったら、一体どんな作品ができるんだろう」と思い、土地探しをスタートしました。
【窪田勝文(以下、窪田)】しばらくたってからですね、「何なんだこれは」と強い刺激を感じた一帯が、斎場御嶽と久高島を結ぶ軸線上にあることを知ったのは。金城さんに「絶好の場所を見つけました」と言われて初めて土地を訪れた時もそのことに気付かず、なぜか足の震えが止まりませんでした。
どんなプロジェクトであれ、たとえ制約の多い市街地の住宅であっても、与えられた環境下で最善を尽くすのが建築家の務めですから、設計に向かう心構え自体はいつもと変わりませんでした。ただ、海の眺望や視界の開き方、周囲の緑との関係性など、あらゆる条件が最初から整っている今回のような場所にはなかなか巡り合えません。その意味で、「長年追い求めてきた理想の建築像を具体化できる場所を与えられた」という感触はありました。
Episode2 プランニング
どのような要望・意見を交わしながらプランを煮詰めていったのでしょうか
【金城】 具体的な要望は何もありません。窪田先生がつくる究極の建築を見てみたいとの一心で、間取りも大きさもイメージも一切省いて「最高の家をつくってほしい」というむちゃなリクエストをしました。部屋数については一点だけ、先生が沖縄へ来た時に泊まれるスペースはあったほうがいい、というお話をしました。それから、予算は少なめですがお願いします、と(笑)
【窪田】 独立して事務所を構えてから30年以上、「日々のストレスを解消し、心を解放して人を自由にする建築」を目指して設計活動を続けてきました。一般的な建築の見方は、形状がどうとか、壁や床がこうなっているとか、いわば「材料の塊」が評価基準になっていますね。でも私は逆に、そういったものは意識から消えてなくなればいいと考えています。自分の体の周囲には何もないけれど、なぜかいつも守られている安心感があり、夏は暑すぎず冬は暖かく、長時間そこにいると心が自由になって、自然との一体感が得られる、という状態がベストです。
身分や立場、貧富などを問わず、生きていればストレスを抱えてしまうのが全人類共通の課題であり、そこから自由を志向する心の動きもまた普遍的なものです。今回は金城さんから具体的な要望は何もなかったので、今申し上げた人間共有の大きな心の流れに沿って、この場所だからできるプランをそのままズバリとやったということです。
Episode3 施工
建築中のおもしろい逸話などがあれば教えてください
【金城】 現場では窪田先生の指示の下、とことん微調整を繰り返しました。完成形を見ただけでは判別できないのですが、きれいに納まるまでの過程には数え切れないほど修正の積み重ねがあります。職人さんも私たち設計者も、微調整前後の変化の様子が如実に分かるから、「こうしたらもっとうまくできるのではないか」と相乗効果でさらなる創意工夫が生まれ、より良い方向へとどんどん昇華していきました。建物の外見上の印象も、使用している材質もクールなイメージがあるにもかかわらず、どこか温かみが感じられるのは、関わった人たちの熱い気持ちが込められているからかもしれません。
【窪田】 設計はあくまで図面上で考えることなので、現場へ行くとどうしても引っ掛かるところが出てきます。シークエンスの展開によって解放に向かう心の動きを妨げず、一気にスムーズに流れるようにするには、現場での微調整が不可欠です。沖縄では内地以上に、ものづくりにおける有機的なつながりが維持されており、気概のある職人さんに助けられたところが幾つもありました。
Episode4 実生活
実際の住み心地や、生活してみて改めて気付いたことがあれば教えてください
【金城】 自然と一体化して心が解放されるとはこういうことなんだと、毎日強烈に実感しています。リビングの海側2面はガラス張りで、部屋数はLDKと寝室の2室だけ。写真で見るとカッコイイけど生活に支障があるのではないか、と思われがちなんですが、実際には年間を通して驚くほど快適です。
【窪田】 金城さんが頻繁にメールをくれるんですよ。朝日を見たら今日は最高、夜は月の写真を送ってきて、今日も最高です、とか。
【金城】 リビングにいると、海と空が刻々と変化していく様子をダイナミックに感じられる一方で、海と反対側の窓からは間近に森の緑が見える。沖縄の古い集落形態の基盤となった、風水で言うところの「背山臨水」の配置そのものですね。開いているのに守られている、だから安心して心を解き放つことができるんだろうな、と。
【窪田】 建物が建築になるためには、「環境的な自然・物理法則からの解放・シークエンスの展開・普遍的で幾何学に則った造形」という4つの要素が必ず必要です。例えばシークエンスの展開、KI-HOUSEで玄関に至るアプローチを歩いていくと、段々と地中に潜り始め、ジワジワと暗くなってトンネルのような空間に入って精神をグッと抑え込んでいきます。そして細い道路を回り込むと広大な自然と一体となったリビングの空間に放り出され、一気に心が解き放たれて、自由な世界が訪れるようなプロセスを考えて設計しました。
【金城】 寝室もトンネルのレベルにあり、半分地中に埋まったような空間になっています。「海沿いの土地なのに、なぜガラス張りにしないのですか」と設計中に質問したところ、「海ばかり見ていると心が慣れてしまい、自然の本質が見失われる」と言われました。今でも毎日、リビングへ向かう時のワクワク感がたまらないのは、毎晩寝室で心がリセットされるからかもしれません。
【窪田】 今回は私が携わった中では一番といっていいくらい、自然のスケールが大きな場所での設計となりましたが、建築があるからこそ、この場所の自然のチカラ、美しさ、人に与える本質性が理解できる。逆に建築がなかったら、こんな風に自然を味わうことはできなかったはず。沖縄という世界の中でも最高峰の素晴らしさを最大限に生かし切った、いい建築ができたので沖縄でさらに心を自由にする建築を創りたくなりました。
写真ギャラリー
窪田建築アトリエ
山口県岩国市今津町1-8-24
TEL.0827-22-0092
東京都豊島区北大塚2-19-2-304
TEL.050-3401-2433
https://www.katsufumikubota.jp/
有限会社 門一級建築士事務所
南風原町字津嘉山750-1
TEL.098-888-2401
https://www.jo1q.com/