人生の拠点であり心の拠り所となる 有形無形の資産価値を携えた賃貸併用住宅
- DATA
- 設 計: 仲間郁代建築設計事務所
(担当/仲間郁代、宮城壮) - 構造設計: U+建築設計事務所
(担当/上原正則) - 敷地面積: 303.14㎡(約91.69坪)
- 建築面積: 154.82㎡(約46.83坪)
- 延床面積: 360.26㎡(約108.97坪)
- 用途地域: 第一種低層住居専用地域
- 構 造: 鉄筋コンクリート造
- 完成時期: 2023年8月
- キッチン: CUCINA沖縄
(担当/近藤直樹)
県内外の2拠点生活を送るTさん一家は、子どもが小さい頃から自身のルーツを肌感覚で覚えてほしいと願い、生まれ育った町に賃貸併用住宅を新築。
最上階の3階にある自宅では、沖縄特有の光や風、眺望を堪能でき、「いつでも帰れるわが家」として家族の心の拠(よ)り所になっています。
週刊かふう2024年10月4日号に掲載された内容です。
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家づくりの背景にあるストーリーを大切に
スタイルより理念を。価格を上回る価値を。一代限りの消費物ではなく、資産として引き継げる住宅を。Tさん一家にとって今回の家づくりは、快適な日常生活を送るための住空間づくりであると同時に、親子3人それぞれの「人生の拠点づくり」という側面が強いものでした。
現在は仕事の関係上、ご夫妻の出身地である沖縄と県外を頻繁に行き来する日々を送っています。県外では職場近くのマンションを生活拠点にして、帰沖の間はお互いの実家に宿泊。「いずれは故郷に腰を据えて」と考えていたものの、子育てを始めて間もない6年ほど前、ふと「今の暮らしを続けていては、この子にとって沖縄の存在がどんどん希薄になる」との思いが過り、「早々に沖縄にも家をつくらなければ」と新築計画に乗り出しました。
まずは設計の依頼先を絞り込むために、県内の建築家の作品を集めた書籍を購入し、夫婦それぞれに「いいね」と思ったものに順位を付けて話し合うことにしました。しかしその結果、偶然にも「2人して同じ建築士さんを1番に挙げていたんです」。協議不要で依頼候補決定、早速相談のメールを送りました。
「最も重視していたのは、独創性のあるプランやデザインなどではなく、私たちの考えを理解し、賛同してくれること。作品がいくら素晴らしくてもご縁がなかったら諦めようと覚悟していたのですが、すぐに共感の返信をいただき、ホッとしました」。
計画地は周囲に家々がひしめく住宅街にあり、広さは約92坪。以前まではご主人の親類宅が建っていました。当面は2拠点の行き来が続くため、新居は「生活負担を増やさず、建築費・維持費を回収できるように」、そして「月日がたっても建築的な価値を保ち、形ある資産として次代へ引き継げるように」と最初から賃貸併用住宅で検討を進め、自宅スペースは最上階の3階に配置しました。
帰りたい場所がある安心感と充足感
自宅を最上階にしたのは、「今の沖縄の風景」を感じられることも大きな理由です。フロアの南側には広々としたルーフバルコニーが置かれ、那覇の町並みをはじめ南部に連なる丘陵一帯を見渡せます。LDKはこの眺望を存分に楽しめるようにレイアウトされており、深い庇に覆われた大開口が南面に連続。窓を開けると内外の空間が一気につながり、開放感が高まります。
「打ち合わせのたびにいろいろなパターンのプランを検討したのですが、最終的には一周回って、最初にご提案いただいたものとほぼ同じになりました」とTさんは苦笑い。基本的な方向性としては、ライフステージの変化に追従できるように「造り込みすぎずシンプルに」するとともに、子ども室は「最も好条件の場所に」と東側に置き、ご主人の書斎には本棚を造作して奥さま側にはウオークインクローゼットを併設するなど、細かな要望も反映しています。またデザイン面では、ご夫妻の好みである「白・茶・ゴールド」の3色を基調にコーディネートし、明るく品のある雰囲気に仕上げました。
新居が完成したのは昨年8月。賃貸部分は「建物の資産価値を担保する競争力」と、「住む人にとって心安らぐ場所になってほしい」との思いを込めて計画し、完成前から満室になりました。一方で自宅スペースは、「価格以上の価値あるものだけをそろえていきたい」との一貫した信念に基づき、至る所に手付かずの余白を残しています。
「今年の夏は親子3人で長く滞在していたのですが、行動面でも心理面でも確かな拠点になっていると実感しました。今までの帰省感覚はなく、すっかりとわが家に帰る気分でした」。
いつでも帰れる場所に、いつでも帰りたいと思える安心感。沖縄の新拠点の存在は、生き方のステージをワンランク押し上げてくれています。
写真ギャラリー
モダンなデザインに風土・歴史をしのばせる。普遍的で飽きの来ない、価値ある建築を
関連法規を援用したボリュームのある空間構成と、競争力のある賃貸設計
沖縄特有の光と風の流れを意識したレイアウトで、居住性を高める
一級建築士:仲間郁代さん
設計を行う上で常に心がけているのは、先人が築いてきた伝統技術や固有の自然文化を踏襲し、その先にある普遍的な価値、本質的な美しさを追い求めることです。そのためTさんから初めて相談のメールをいただいた時は、目指している方向が私たちと同じであると感じ、きっといいお手伝いができると思いすぐにお返事をしました。ご夫妻は沖縄のアイデンティティーを強く意識しながらも、決してそれをアイコニックな形で表現したいわけではなく、デザイン的にはモダンなスタイルを志向していました。
計画当初から、新居は賃貸併用住宅にし、最上階の3階のご自宅から景色を望むプランにすることは決まっていました。第一種低層住居専用地域にある土地のため、都市計画法で定められた13種類の用途地域では高さ制限や建ぺい率・容積率などの建築制限が最も厳しく、各住戸の快適な居住性・空間ボリュームを維持するには、関連法規を詳細に理解した上での工夫が求められました。
具体的には、「共同住宅の共用部は容積率の計算に含まない」といった規定に基づき、駐車場やエントランスなどのエリアを適切に割り振りながら、住宅スペースを最大限に確保しています。また賃貸部分は「価格競争に巻き込まれず、何年たっても優位性を保てるように」というTさんの意向を踏まえた上で、愛着や喜びを感じてもらえる住宅として設計。さらには隣戸と接しないワンフロア2戸のレイアウトにして独立性を保ち、インテリアも流行に左右されない素材やカラーを採用して、飽きのこないデザインにしています。
平面プランは伝統的な沖縄建築の形態に倣い、南側に大きく開放してフレッシュな光と風を室内に取り込み、北側の小窓や水回りからはよどんだ空気が抜けるように計画しました。来年からすべての建物に省エネ法が適用され、ZEH(ゼッチ)住宅の推奨も行われています。環境倫理が高まるのはとても良いことですが、設備に依存する要素が多く高額投資となるため、1番シンプルで安価な環境への寄与は、伝統的な涼をとる手法だと考えています(下記「家づくりのヒント」参照)。
完成から約1年がたち、敷地南面のシンボルツリーや賃貸入居者さまの植栽などが建物を彩り、潤い豊かな外観になりつつあります。Tさん宅のインテリアも余白を多く残しているため、今後どんな住宅に成長していくのか、設計者としてとても楽しみです。
仲間郁代建築設計事務所作品集(2024)
設計・施工会社
仲間郁代建築設計事務所 株式会社
TEL:098-943-9598【那覇オフィス】 | https://ikuyo-nakama.jp/
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