琉球・沖縄年中行事 なんでもQ&A 都会のヒヌカン
週刊かふう2025年6月13日号に掲載された内容です。
Q:高齢の母を一人だけ沖縄に残せず、私の住む東京へ連れていくことになりました。母は、「都会へは行きたくない!」とか文句ばかりですが、最終的な覚悟は決めているようです。唯一、「ヒヌカンだけはどうしても持っていく!」と言って聞きません。旦那や子どもたちは沖縄のお祈り系が大嫌いなので、どうにか説得してもらえないでしょうか?(東京都・Kさん・50代)
A:Kさん、親孝行なご相談をありがとうございます。さすがウチナーンチュですよね。お母さんにとって、ヒヌカンは必須アイテム。Kさんご家族との解決策のバランスを一緒に考えていきましょう。
ヒヌカンの由来(ウミチムン編)
ヒヌカン(火の神さま)の由来には諸説があり、その中で、ウミチムン説をご紹介させていただきたいと思います。
ウミチムンは、漢字で『御三物』と書きます。直訳すると、『大切(御)な3個(三)のもの(物)』ということになります。ユタの先生によっては、『御満物(大切な満たされたもの)』『御萬物(大切な萬〈よろず〉)のもの』と言い換えられることもあるようです。いずれも、『大切なもの』『重要なもの』『敬うもの』に対して使用される『しまくとぅば』だといいます。
このウミチムン、ちょっとしたエピソードがあると、ユタの先生からムンナレー(ご指導)いただいたことがあります。昔の中国でのお話。当時の中国でも、新しくヒヌカンを仕立てるとき、ご縁のある竈(かまど)の灰をもらっていたのだそうです。嫁いでいく娘が新居で幸せになるよう、夫方の竈から灰をもらうことが当時も多かったようですが、あるお父さんは、娘が慣れ親しんだ実家の竈の灰もそっと持たせたのだそうです。嫁いでも実家のヒヌカンに見守ってもらえるようにとの親心なのでしょう。
ある日のこと、娘の夫は、ふとしたことから悪い鬼にそそのかされ、他人さまに迷惑をかける遊びを覚えてしまいました。妻(娘)が他人さまに頭を下げ、涙ながらに謝る姿を見るに見かねた新居の台所のヒヌカンは、いただいた灰を通し、夫方のヒヌカンと妻方のヒヌカンにジンブン(知恵)をお借りして、この悪い鬼を石ころの中に閉じ込め、夫を改心させることができたといいます。
このことを伝え聞いた人々は、新しくヒヌカンを仕立てるとき、新居・夫方・妻方の3方のヒヌカンに見守っていただけるよう、また、悪いことが起きたとき、石ころに閉じ込められるよう、台所や竈に3個の石ころを置くようになり、これが、沖縄のしきたりにあって、ウミチムン=御三物=大切(御)な3個(三)の石(物)の由来になったといいます。
ウミチムンを応用するヒヌカン
このエピソードから、今回のKさんへのご回答としては、お母さんが東京へいらっしゃる際には、小さな巾着袋をご準備してあげ、その中に、お母さんが現在住んでいる実家のウナー(庭)にある小さめの石ころを3個、入れてあげてはいかがでしょうか? ヒヌカンを持たせないようにとのご質問でしたが、それはさすがに、少し忍びないような気がいたしまして……。
沖縄のおばあちゃんやお母さんは、ヒヌカンを自分の幸せのために敬う方々は、ほとんどいないと言われています。いつも手を合わせているのは、子や孫のため、自分以外の家族のため、もっと言えば、Kさんや沖縄のお祈り系が大嫌いなお孫さんのみならず、大切なムーク(お婿さん=Kさんのご主人)に至るまで、その愛情の深さは底知れません。これこそ、ウヤヌグウン(親のご恩)の最たるものかと存じます。
ご主人やお孫さんに無理強いする必要はありませんが、お母さんがヒヌカンを通し、いつも「家族が幸せでありますように」と願われていること、ご主人やお孫さんも願われていること、それに気づくことが人生にあって、どれほど心豊かで癒される日々を過ごせることか。都会にあって、ヒヌカンのウコール(香炉)などは置けなくても、せめてウミチムンだけは、お母さんの家族を想うお心だけは、持たせてあげることをお許しいただければと思います。