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琉球・沖縄年中行事 なんでもQ&A 離島へのウトゥーシ(お通し)

琉球・沖縄年中行事 なんでもQ&A 離島へのウトゥーシ(お通し)

週刊かふう2025年1月16日号に掲載された内容です。

 

Q:母は宮古島出身、父は小浜島出身です。毎年、十六日祭は那覇の三重城にお参りしますが、大渋滞で行くだけでも疲れ果てます。「絶対、三重城からしか通らん!」と両親は譲りませんが、気軽に駐車できる別の海辺からも通すことはできるでしょうか?(南城市・Mさん・30代)

A:Mさん、ミーグスク(新城→三重城)までのご同行、宮古島・小浜島のウヤファーフジ(ご先祖さま)孝行はもとより、ご両親へのとても立派な親孝行だと思います。そうそう、この時期のミーグスクは大渋滞ですよね。
 
 王農大親(おうのううふうや)が16世紀後半に建築したとされるミーグスクは、琉球王国を守る重要な要塞である反面、ニライカナイ伝説にまつわるウグヮンジョ(御拝所)・遥拝所(ようはいしょ)であることが知られています。

 ニライカナイ伝説については、西方極楽浄土と訳される傾向にあるようですが、専門的にはニュアンスが微妙に異なり、ここでは、沖縄にあって親しいグソー(後生)・理想郷と訳させていただきたいと思います。

ジュールクニチーとミーグスク

 Mさんのご両親然り、なぜ離島出身の方々は、ジュールクニチー(十六日祭)にあってミーグスクにお参りされるのでしょうか? 前述のニライカナイ伝説には、たくさんのエピソードがあります。一説には、太陽が沈む、夕焼けの美しい西の方角にウヤファーフジの住むグソーがあると信じられ、毎月、旧暦十五日を過ぎる旧暦十六日には、イチミ(今生)とグソーを結ぶ天橋立(あまのはしだて)が架かるとのこと。
 
 この日に西の方角をティーウサー(合掌)・ウヌフェー(礼拝)すると、旧盆と等しく迷えるウヤファーフジが天橋立を踏まえ、天に昇り成仏できる言い伝えがあるとのことです。

 また逆も然り、会いたいと想えるウヤファーフジが、この日1日だけ天橋立を踏まえ、イチミに降りてくださり、ひととき会うことができる言い伝えもあるとのことです。

 とあるユタの先生の仰せには、昔、親孝行の息子が夢うつつの旧暦十五日のとき、先立ったお父さん・お母さんが眠るお墓の前で、家族水入らずの夕飯をいただく夢を見たのだそうです。久しぶりの温かい夕飯に枕で涙した息子は、朝一番起きるなり、これは両親いずれかのお告げかも知れないと思い、取るものも取りあえず急いでお墓へと向かうと、そのお墓のウナー(御庭)には、なんと、夢まぼろしと思っていた夕食のお膳・お茶碗・お箸・湯呑が3膳分きれいに置かれており、死しても自分を愛してくれている、会いに来てくださった両親に改めて深く感謝をしたとのことです。

 以来、そのことを伝え聞いた人々は、旧暦十五日の翌日にあたる旧暦十六日には、ウヤファーフジ・ウヤ(親)のグウン(ご恩)に感謝するため、お墓参りに出向くようになったとのことです。

ニライカナイ伝説の
学問的根拠と諸説

 このニライカナイ伝説にある西の方角には学問的根拠があり、観経(かんぎょう)というお経さまには、太陽が沈む西の方角には、グソー・理想郷(原文は浄土という阿弥陀さまの世界)があり、サンセットの夕陽を心静かに見つめることが自分自身と向き合える修行方法だと説かれています。

 一方、ニライカナイ伝説には諸説があり、太陽が昇る東の方角も同様、サンライズの朝陽を心静かに見つめることが自分自身と向き合える修行方法だとの文献を垣間見ることができます。

 このようなニライカナイ伝説の諸説から、Mさんへのご回答として、ミーグスクをニライカナイ伝説の格式高きウグヮンジョ・遥拝所としての第一候補に挙げることはもちろん、大渋滞のときなどの応用として、例えばミーグスク近辺、西海岸、場合によっては東海岸沿いの名立たるウグヮンジョ・遥拝所も代わりの候補地として、ミーグスク同様、優劣なく大変ありがたい場所であることを記憶に留めていただければと思います。

 

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