僕の好きな風景 第77回 建築の奥行き
対角線に視覚を取ることで奥行きを感じる。その奥にあるのは2帖の和室
週刊かふう2023年11月3日号に掲載された内容です。
建築家として独立した頃は、小さな家の設計をたくさん頼まれました。
名もない設計者にとって、どんな小さな仕事も心からうれしいものでした。
「東京町家・9坪の家」は僕にとって世に知られるきっかけとなった仕事で、たくさんの雑誌に取り上げていただきました。
ある専門誌で9坪の家を早々に取り上げていただいた時、担当編集者は「とても小さな家だけど、住まいとして全てがある」、なのでぜひ掲載したいとの依頼を受けました。言い換えると、建築家の小さな家は特殊な変わった住まいになってしまうけれど、普通の家としてまとまっていて、普通の人がきちんと暮らせて、それでいて魅力的である……と言いたかったのだと思います(?)。
その専門誌に掲載された翌月、「近作訪問」というコーナーで続けて取り上げていただくことになり、関西の建築家が9坪の家を訪ね、訪問記を書いていただくこととなったのですが、その時に彼が指摘したことが強く印象に残っています。
「この家には奥がある……伊礼さんの設計にはいつも奥を感じ、そしてその奥に和室を作る傾向がある」と言われたのです。
自分では全く意識していなかったのですが、建築の「批評」というのはそのような点ではとても「気づき」があって良いなぁと思いました。
「奥」の思想は日本建築の独特な感覚なのかもしれません。空間の大きさに関係なく感じるものなのでしょう?
とても小さい家なのに魅力を感じる秘密は「奥」を感じる空間構成、空間に「奥」を創り出す設計手法を褒めていただきました。小さな家の名手にはみんなその能力が備わっているように思います。
それ以降、建築の奥行きという意識を大事にするようになりました。
和室からの見返し。開口部の先のご近所の庭を借景で楽しむ
和室の先には北側の庭。サッシュの高さは抑えてご近所の目を遮っている