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歩いて見つけた 石獅子探訪記 その1

歩いて見つけた 石獅子探訪記 その1

各地に鎮座する村落獅子を訪ね歩き、調査を続ける若山夫妻。石獅子をめぐるレポートを毎月お届けします。

週刊かふう2016年1月8日号に掲載された内容です。

歩いて見つけた 石獅子探訪記 その1

その1 那覇市の巻

■石獅子に魅せられて

 このコーナーで紹介するのは、「村落獅子」と呼ばれるシーサーです。古くから、災いを防ぐために村落の出入り口などに設置されていたもので、現在、目にすることの多い、屋根の上の漆喰シーサーや門柱の上に「対」で鎮座している焼き物のシーサーの原型と言われています。
 丈夫な琉球石灰岩で作られた石獅子は、対ではなく、一頭で頑張って(!?)いるものが多いようです。また石獅子に込められた意味も、「フーチゲーシ(邪気払い)」や、「ヒーゲーシ(火伏せ)」など、地域によって異なります。さらに制作者の個性からか、その表情も、険しいものから愛嬌たっぷりのものまでさまざまで、見飽きることがありません。由来をたどると、地域の歴史や人々の思いなど、いろいろな発見があり、往時の暮らしへの想像がかきたてられます。
 手彫りの石獅子の制作を手がけている「スタジオde-jin(デージン)」は、この「村落獅子」に魅せられ、本島各地の石獅子を訪ね歩いています。私たちが会いに行った石獅子を順次、紹介していきたいと思います。

■謎だらけの上泉の石獅子

 那覇市には戦前、12体ほどの石獅子があったといわれています。現存しているのは、上間3体、安次嶺1体、上泉1体の合計5体です。若狭、辻、首里末吉町、垣花、鏡水にもあったようですが、行方が分からず、資料なども残っていません。
 今回は、沖縄県立博物館・美術館の玄関前に安置されている石獅子を紹介します。
 これは、元々、戦前の上泉町(現在の那覇市泉崎)、現在のANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービューの裏手に安置されていた石獅子といわれており、いつ、どういう経緯で上泉から撤去されたのかは不明です。現在、同ホテルの裏手には、身代わりとなる石獅子が置かれていますが、戦前の石獅子の姿をはっきり覚えている人はいないため、沖縄県立博物館・美術館の玄関前に安置されている石獅子が本当に「上泉の石獅子」なのかは定かでありません。
 また昔、この石獅子は「シーサーマーチュー」と呼ばれていたそうですが、それは石獅子があったとされている場所の地名である「小字仲里松尾」が元になっているという説や、付近に松林があったからという説があります(沖縄の言葉で松は「マーチュー」)。この場所は当時、「モーアシビナー(遊ぶ庭)」として有名で、付近一帯が「シーサーマーチュー」と呼ばれており、青年たちでにぎわっていたそうです。
 さらに石獅子がにらみを利かせていた方角は、那覇空港近くのガジャンビラ方向という説や、八重瀬岳に向いていたという説などがあり、真相は闇の中です。
 昔、安置されていた場所も謎、安置理由も謎、呼ばれ方も謎、なぜ移動されたかも謎、謎々だらけの興味深い石獅子なのです。
 石獅子そのものは、琉球石灰岩の質もよく、獅子というよりゴリラのような力強さを感じ、どんなことがあろうとも微動だにしない不動のオーラを感じます。

歩いて見つけた 石獅子探訪記 その1

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