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Okinawa航時機 古写真から読みとく、当時の街の姿 那覇の玄関口〜埋め立てられる泊港北岸

Okinawa航時機 古写真から読みとく、当時の街の姿 那覇の玄関口〜埋め立てられる泊港北岸

週刊かふう2020年8月21日号に掲載された内容です。

港とともに発展した那覇の海岸線

 1970年ごろの那覇の港が映った映像から画像を抜きだしてみた。場所は泊港北岸を見下ろす天久の丘の上。古い墓地が那覇の入口を見守っている場所だ。
 このころはまだ泊大橋はもちろん無く、すっきりとした海岸線が伸びているが、これも戦後に埋め立てられたもの。画面右手はまだ埋め立ての途中で、のちに漁港や魚市場が建ち、泊港北岸と呼ばれるエリア。現在は新鮮な魚が購入できる、泊いゆまちの辺りには、自動車教習所のような施設が見える。そんなものがあったなんてまったく知らなかったので、この写真を見た時には驚いた。北岸が完成するまでの一時的な施設だったのかも知れない。余談だが、1960年ごろの写真などを見ると、今の泊港ターミナルの正面にも、そんな施設が映っていた。
 そういえば泊港と書いたが、泊港の正式名称は那覇港泊埠頭。子どものころは、那覇には泊港、那覇港、那覇新港という三つの港があると思っていたのだが、実はこれ全部をひっくるめたものが那覇港。三つの港と思っていたものは、それぞれを那覇埠頭、泊埠頭、新港埠頭と名前があって、那覇市の海岸線を覆う形で一つの港になっているのだ。さらに現在は、若狭海岸にクルーズ船が接岸する岸壁もあるが、これは「那覇港泊埠頭8号岸壁」で、泊埠頭の一部ということになる。那覇という町は、港とともに発展してきたのだということを感じさせる。
 ただ僕は若狭海岸の辺りで、この時代の変化を見て育ったので、今の那覇の海岸線は施設ばかりが増え、自然と戯れる場所が減ってしまったのが、正直寂しい限りでもある。

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