新 よくわかる不動産相続Q&A File.10
週刊かふう2019年11月29日号に掲載された内容です。
遺産分割前の預貯金の払い戻しについて
通常、名義人が亡くなると金融機関の口座は凍結されてしまいます。これは、相続手続きが終わるまで続くため、その間、遺族は葬儀費用などの出費に困ってしまうという問題がありました。そこで新たに設けられたのが「遺産分割前の預貯金の払い戻しの制度」です。相続に関わる諸問題解決の考え方・ヒント・情報としてご活用いただけましたら幸いです。
Q.私妻B(70歳)は、46年間連れ添った夫A(75歳)との間に長男C(45歳)・次男D(43歳)がいますが、最近、夫Aを亡くしました。
夫Aの遺産としては、築30年の2階建の自宅(土地建物、土地は約2000万円・建物は約1000万円の価値)とE銀行に対する1200万円の預金がありますが、未だ遺産分割は終了していません。夫Aの葬儀費用に300万円を要し、それを私の預貯金で支払ったため、現在私の手元には預貯金・現金がほとんど残っていません。夫Aのこの預金(遺産)から、300万円の払い戻しを受けることはできないでしょうか。
A.従前、預貯金債権のような可分債権は、相続により当然に分割され、各相続人は相続分の預貯金債権を取得するとされていました(最高裁昭和28年4月8日判決)。
この立場からは、本件において、妻Bは、600万円(1200万円×1/2)の預貯金債権を法律上当然に取得するということになります。しかし、銀行実務においては、その600万円の払い戻しを受けるためには、かなり面倒な手続きが必要なのが実態でした。
そのような中、最高裁は、相続された預貯金は、遺産の一部であり、遺産分割の対象となる旨を判示し、昭和28年に最高裁判決を変更しました(最高裁平成28年12月19日判決)。この立場からは、遺産分割協議が成立するまで、共同相続人は単独で預貯金債権の払い戻しを受けることはできないことになります。本件における妻Bも同様です。
しかし、残された相続人の生活費・被相続人の葬儀費用・被相続人の債務(借金・医療費・介護費用等)の支払い等の必要性がある場合でも、被相続人の遺産の一部ということで預貯金債権の払い戻しを全く受けることができないというのは、相続人の資金需要の観点を考慮すると、不合理な面が大きすぎます。
そこで、改正相続法は2個の制度を設けました。
第1は、家庭裁判所の判断を経ずに払い戻しが受けられる制度の創設です。
各相続人は、単独で、①{ 相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×1/3×法定相続分 }の預貯金債権額の払い戻しを受けることができる(民法909条の2)、②ただし、一金融機関からの払い戻しを受けることのできる金額は150万円を上限とする(平成30年法務省令第29号)という内容です。本件では、妻BがE銀行から払い戻しを受けることのできる金額は、上記計算式では{ 1200万円×1/3×1/2=200万円 }となりますが、上限の150万円ということなります。
第2は、家事事件手続法改正による保全処分の要件の緩和です。
本件で関連して説明すると、妻BがE銀行から300万円の払い戻しを受ける旨の仮処分(仮分割)を申請したとき、家庭裁判所が、葬儀費用300万円を支払った妻Bの生活確保のために必要性があり、かつ他の相続人長男C・次男Dの利益を害するおそれがないと判断したときは、妻BがE銀行から300万円の払い戻しを受ける旨の仮処分(仮分割)分割が認められるということになります(家事事件手続法第200条2項)。なお、妻Bがこの仮処分(仮分割)を申請するためには、既に夫Aの遺産について分割調停・審判の申し立てがなされていることが前提となります。
以上の2つの制度は、既に本年7月1日から施行されています。今後は、その利用を検討してみてください。